「AIを考えていたら、人と組織の話になった」。全3回の第2回です。
前回は、AIとの関わり方が、プロンプト、コンテキスト、ハーネス、ループへと広がっていることから、「AIに何を頼むか」だけではなく、「人間とAIが、どのように仕事を回すか」を考える必要があるのではないか、と書きました。
そしてAIに仕事を任せる場面が増えるにつれて、もう一つ気になることが出てきました。
AIにきちんと仕事をしてもらおうとすると、目的や背景、判断基準を、かなり丁寧に説明しなければならない。
でも、これは本当にAIだけの話なのでしょうか。
「分かるよね」で、どこまで分かるのか
人に仕事をお願いするとき、私たちは意外と多くのことを省略しています。
「いつもの感じでお願いします」
「前と同じように」
「そこは分かるよね」
「いい感じにまとめておいて」
長く一緒に働いている人同士なら、それでも話が通じることがあります。
これまで一緒に仕事をしてきた経験があります。
会社の事情も分かっています。
上司が何を重視するのかも知っています。
「あの案件と同じように」と言われれば、過去の記憶をたどることもできます。
つまり、言葉にしていない情報が、あらかじめかなり共有されているわけです。
ところがAIには、その「共有されているはずの前提」がありません。
何のための仕事なのか。
誰に向けたものなのか。
何を重視するのか。
どこまで任せてよいのか。
何をしたら確認が必要なのか。
こうしたことを伝えないまま、「いい感じに」と頼んでも、こちらが期待する「いい感じ」になるとは限りません。
人は「共通の土台」の上で会話している
この話を考えていて思い出したのが、コミュニケーション研究における「common ground」という考え方です。
Herbert H. ClarkとSusan E. Brennanは、コミュニケーションを成立させるためには、対話する人たちの間に、知識や信念、前提などの共通の土台が必要だと論じています。
もちろん、人とAIの関係を説明するためにつくられた理論ではありません。
ただ、AIと仕事をしていると、この「共通の土台」がどれほど重要だったのかを、逆に実感します。
人間同士では、同じ会社にいる、同じ業界にいる、以前から一緒に仕事をしている、といったことによって、かなりの前提が共有されています。
そのため、説明を省略しても仕事が進む。
AIにはそれがない。
だからこそ、これまで人間同士では見えにくかった「共有前提」が、AIとの対話では表面に出てくるのかもしれません。
新人や中途入社の人にも、同じことが起きていないか
ここまで考えると、AIだけの話ではなくなってきます。
例えば、新しく入った社員に、
「うちでは普通こうするから」
「それくらい分かるでしょう」
「前任者は言わなくてもやってくれた」
と言ってしまうことがあります。
でも、その人には「前任者と共有していた何年間か」がありません。
会社の歴史も、
顧客との関係も、
上司の判断の癖も、
過去に起きた失敗も、
まだ十分には知りません。
AIに対して「背景を伝えないと分からない」と考えるのであれば、新しく組織に入った人に対しても、本来は同じことを考える必要があるのではないでしょうか。
多様性そのものが、問題なのではない
ここでは少し注意も必要です。
「多様な組織になると、話が通じなくなる」と単純化したいわけではありません。
組織に多様な経験、専門性、考え方が入ることは、新しい情報や視点をもたらします。
一方で、職歴、専門分野、勤続年数、文化的・言語的背景などが異なれば、「当然共有されている」と思っていた前提が、実は共有されていないことも増えます。
多様性とチームのパフォーマンスの関係については、研究でも一方向の単純な関係ではないことが示されています。
だから問題は、「多様であること」そのものではありません。
異なる背景を持つ人たちが一緒に仕事をするときに、
何を目指しているのか。
何を知っておく必要があるのか。
何を基準に判断するのか。
を、どこまで共有できているか。
そこが重要なのだと思います。
AIに説明していると、自分の「暗黙の判断」が見えてくる
AIに仕事を任せるとき、私はときどき、自分が思っていた以上に多くのことを説明していることに気づきます。
「なぜ、こちらの表現ではなく、こちらなのか」
「この顧客には、ここまで強く言わない方がよい」
「この数字だけを見て判断してはいけない」
「今回は、この条件を優先する」
こうしたことは、頭の中では自然に判断していても、普段は一つひとつ言葉にしていないことがあります。
ところがAIは、その判断基準を知らない。
説明しようとすると、自分自身が、
「ああ、自分はここを見て判断していたのか」
と気づくことがあります。
これは、AIが暗黙知を自動的に形式知に変えてくれる、という話ではありません。
人が持つ経験や感覚の中には、そもそも簡単には言葉にできないものもあります。
ただ、AIに説明しようとすることが、自分の中にある判断のうち、「言葉にできる部分」を見つけるきっかけになることはあると思います。
ベテランのノウハウ継承にも、同じ問いがある
このことは、中小企業の現場でよく聞く「ベテランのノウハウをどう次世代に継承するか」というテーマにもつながります。
熟練者本人にとっては、
「見れば分かる」
「やっていれば身につく」
「ここは感覚だ」
ということでも、若手にはその判断の蓄積がありません。
だからといって、すべてをマニュアルにすれば解決するわけでもありません。
重要なのは、
何を見ているのか。
どこで違和感を持つのか。
どんな条件なら判断を変えるのか。
どこから先は経験が必要なのか。
といった、判断の背景を少しずつ言葉にしていくことではないでしょうか。
野中郁次郎氏の組織的知識創造論では、暗黙知と形式知の相互作用が、組織の知識創造に重要な役割を果たすとされています。
AIへの説明という行為も、少なくとも自分の判断を言葉にできる範囲では、その材料を増やす一つのきっかけになり得ると感じています。
2025年版中小企業白書にも、熟練者の技術・ノウハウの継承にAIを活用している企業の事例が紹介されています。
AIの使い方そのもの以上に興味深いのは、技術を継承するためには、まず「熟練者は何を見て、どう判断しているのか」を捉えようとする必要があるという点です。
管理職に必要なのは、「指示のうまさ」だけではない
こう考えていくと、AIとの仕事から見えてくるのは、「よいプロンプトを書く方法」だけではありません。
人に仕事を任せるときにも、
目的を共有する。
必要な背景情報を渡す。
判断基準を伝える。
どこまで任せるかを決める。
分からないときに確認できるようにする。
こうしたことが必要です。
これは、かなり管理職の仕事そのものに見えます。
「分かるよね」と言えるのは、本当に必要な前提が共有されているときだけです。
共有されていないのに「分かるよね」で済ませれば、相手の能力の問題に見えていたことが、実は仕事の渡し方の問題だった、ということもあるかもしれません。
AIは、こちらが伝えていないことを、都合よく察してくれる存在ではありません。
だからこそ、AIとの仕事は、私たちが普段、人にどれだけ「察してもらうこと」に依存していたのかを映す鏡にもなる。
そんなふうに感じています。
「共有されているはず」を、少し疑ってみる
組織の中には、
共有されているはず。
分かっているはず。
察してくれるはず。
という前提がたくさんあります。
もちろん、すべてを言葉にすることはできませんし、する必要もないでしょう。
長く一緒に働く中で生まれる信頼や阿吽の呼吸も、組織の大切な力です。
ただ、人が入れ替わる。
異なる専門性を持つ人が加わる。
働き方が変わる。
AIも仕事に入ってくる。
そうした状況では、これまで暗黙に共有されていたものの一部を、意識して言葉にする必要が増えていくのだと思います。
AIへの指示を考えていたら、いつの間にか、管理職の仕事の渡し方や、組織のコミュニケーションの話になっていました。
そして、この話にはもう一つ続きがあります。
仕事を任せる相手が、人でもAIでも、すべての仕事に管理職が入り続けていたら、組織は大きくなりません。
では、どこまで仕事の中に入り、どこから「仕事が回る仕組みを見る側」に移るのか。
次回は、Human in the Loop / Human on the Loopという考え方から、管理職と権限移譲について考えてみます。

