「AIを考えていたら、人と組織の話になった」。全3回の第1回です。
最近、仕事で生成AIを使う場面がかなり増えました。
文章を考えてもらう、情報を整理してもらう、といった使い方だけではありません。PowerPointの提案資料を作る際には構成や表現を一緒に考え、Webサイト制作では、実際のファイルを扱えるAIに修正作業そのものを任せることもあります。
そんな中、たまたま安野貴博さんのYouTube動画「ループエンジニアリングって何?」を見ました。
AIとの関わり方を考えるうえで、非常に興味深い内容でした。
プロンプトから、コンテキスト、ハーネス、ループへ
安野氏の動画では、AIとの関わり方を、
プロンプト・エンジニアリング
コンテキスト・エンジニアリング
ハーネス・エンジニアリング
ループ・エンジニアリング
という四つの段階・レイヤーで整理していました。
これは、AI活用が歴史的・学術的にこの順番で進化してきた、という確立されたモデルではありません。
一方で、2026年に入ってAI開発の現場では「Loop Engineering」という言葉が急速に使われ始めています。
Addy Osmani氏も、本人の記事「Loop Engineering」でこの考え方を取り上げています。ただし、すでに確立された方法論というより、まだ初期段階にある実務的な考え方として慎重に紹介しています。
私には、安野氏の四つの整理が非常に腑に落ちました。
なぜなら、自分自身のAIの使い方も、いつの間にか「よい指示文をどう書くか」というプロンプト・エンジニアリングだけでは済まなくなっていたからです。
プロンプトだけでは、仕事は任せられない
最初の「プロンプト・エンジニアリング」は、比較的分かりやすいと思います。
AIに何をしてほしいのか。そのための指示文、つまりプロンプトをどう書くかを工夫するものです。
「○○について考えてください」とだけ頼むより、
誰に向けたものなのか。
何を目的としているのか。
どんな条件があるのか。
どのような形式で出してほしいのか。
まで伝えた方が、成果物の質は高くなります。
ただ、実際の仕事を任せようとすると、プロンプト・エンジニアリングだけでは足りません。
そこで重要になるのが「コンテキスト・エンジニアリング」です。
その仕事はなぜ必要なのか。
これまでどのような経緯があったのか。
顧客は誰なのか。
過去にどんな判断をしたのか。
自分たちは何を大切にしているのか。
こうした社内固有の経緯や判断基準などが、AIから参照できる形になっていなければ、適切な判断は難しくなります。
現在のAI実務でいうコンテキスト・エンジニアリングは、こうした背景説明だけを意味するものではありません。
Anthropicは「Effective context engineering for AI agents」で、システム上の指示、参照情報、ツール、作業履歴など、その時点でAIが判断に利用できる情報全体をどう構成するか、という広い問題として説明しています。
AIが働く「周囲の仕組み」も必要になる
さらに、AIに継続して仕事を任せようとすると、「ハーネス・エンジニアリング」という考え方が重要になります。
どんなツールを使えるのか。
どのファイルを扱えるのか。
何を変更してよいのか。
どうやって結果を評価するのか。
何をしてはいけないのか。
こうした環境、ツール、権限、評価方法などを含む、AIが仕事をする周囲の仕組みを設計するのがハーネス・エンジニアリングです。
Anthropicも「Harness design for long-running application development」で、長時間にわたりAIエージェントに仕事をさせる際には、単にモデルへ指示するだけではなく、タスクの分け方、評価、状態の引き継ぎなどを含む周囲の仕組みが重要になると説明しています。
そして、関心を一回の実行から「繰り返し仕事を進める仕組み」へ広げたところに、「ループ・エンジニアリング」という考え方があります。
実行する。
結果を確認する。
問題があれば修正する。
もう一度試す。
人間が毎回一から指示を出さなくても、AIやその周囲の仕組みが、結果を確かめながら一定範囲の仕事を繰り返し進める。
「どういうプロンプトを書けばよいか」というプロンプト・エンジニアリングから、
「判断に必要な情報をどう与えるか」というコンテキスト・エンジニアリング、
「AIが仕事をする周囲の仕組みをどう整えるか」というハーネス・エンジニアリング、
そして「どうすれば仕事が繰り返し回る状態をつくれるか」というループ・エンジニアリングへ。
私には、AIとの関わり方がそこまで広がってきているように見えます。
Human in the LoopとHuman on the Loop
もう一つ、安野氏の動画で印象に残ったのが、Human in the LoopとHuman on the Loopという考え方でした。
Human in the Loopでは、人間が個々の仕事のサイクルに直接関わります。
AIが作業する。
人間が確認する。
次の指示を出す。
AIがまた作業する。
一方、Human on the Loopでは、人間はシステムの動きを監視し、必要なときに介入します。
欧州委員会のTrustworthy AIに関する資料でも、Human in the Loopは個々の意思決定サイクルに人間が介入できること、Human on the Loopはシステムの稼働を監視し、必要に応じて介入できることとして整理されています。
大切なのは、Human on the Loopだから人間が不要になるわけではない、ということです。
また、onがinより「上位」あるいは「進んだ」状態ということでもありません。
仕事の内容やリスクによって、どこまで人間が直接関与するべきかは変わります。
ただ、私は、
「一つひとつの仕事の中に入る」のか。
「仕事が回る仕組みを上から見る」のか。
と考えると分かりやすいと感じました。
しかも、ループは一つではない
さらにAndrew Ng氏は、AIを使ったプロダクト開発について、「3 Key Loops for Building 0-to-1 Products with AI Agents」という三つのループを紹介しています。
一つ目が、agentic coding loop。
AIエージェントが、実行し、テストし、修正する。数分単位で回る高速なループです。
二つ目が、developer feedback loop。
開発者が成果を見て、
本当にこの方向でよいのか。
違う設計の方がよいのではないか。
と判断する。こちらは数十分から数時間程度のループです。
三つ目が、external feedback loop。
実際のユーザーが使った結果や市場からの反応を取り込み、プロダクトそのものを見直す。さらに長い時間軸のループです。
AIだけがループを回しているのではありません。
AI、人間、そして現実の世界が、それぞれ異なる時間軸でフィードバックを返している。
この構造は、自分の仕事を振り返るうえでも非常に示唆的でした。
PowerPointとWebサイトでは、人間のいる場所が違った
例えば私は、PowerPointの提案資料を作る際にもAIを使っています。
ただ、この仕事では今も人間がかなりループの中にいます。
誰に何を伝えるのかを考える。
全体のストーリーを組み立てる。
AIにたたき台を作らせる。
実際のスライドを見る。
そして、
「この表現では相手に誤解される」
「この図では関係性が伝わらない」
「ここを強調すると意図と違って見える」
と判断して修正する。
かなりHuman in the Loopです。
一方、Webサイト制作では少し違います。
サイトで何を伝えるのか。
どんな顧客に見てもらいたいのか。
サービスをどう位置づけるのか。
こうしたことは人間側で考えます。
しかし、
どのファイルを直すべきか調べる。
HTMLやCSSを修正する。
結果を確認する。
必要ならさらに修正する。
といった一連の処理は、Claude CodeのようなAIにかなり任せられるようになりました。
一つひとつ操作を指示するというより、「この目的のために、この範囲で仕事をしてください」と、仕事そのものを渡す感覚に近づいています。
人間の仕事はなくなるのか、それとも「見る場所」が変わるのか
ここまで考えると、AIによって人間が不要になる、という話とは少し違う風景が見えてきます。
AIが内側のループを速く回せるようになる。
そうすると人間は、
そもそも何を目指すのか。
結果は本当に目的に合っているのか。
顧客に価値を提供できているのか。
今の仕組みを続けてよいのか。
といった、より外側の問いに時間を使えるようになるかもしれません。
もちろん、すべての仕事で必ずそうなるという法則ではありません。
また、人間が現場から離れすぎれば、何が起きているのか分からなくなり、異常時に適切に介入できなくなる危険もあります。
だからこそ、人間がどこに入り、どこをAIに任せ、何を見続けるのかを設計する必要があります。
AI活用を考える視点は、単に、
「AIに何を頼むか」から、
「人間とAIが、どのように仕事を回すか」へ広がりつつある。
安野氏の動画を見ながら、私はそんなことを考えました。
そして、人と組織のことが気になり始めた
ここで、さらに別の疑問が湧きました。
AIに仕事を任せるために、
目的を説明する。
背景を伝える。
判断基準を明確にする。
必要な情報を渡す。
そんなことを一生懸命やっている。
考えてみれば、これはAIだけに必要なことなのでしょうか。
人間同士なら、
「いつもの感じで」
「分かるよね」
で済ませていることもあります。
しかし、それは本当に相手と必要な前提を共有できているからなのでしょうか。
AIという非常にシステム的なものについて考えていたら、少しずつ、人と組織のことが気になり始めました。
次回は、「共有されているはず」という前提について考えてみたいと思います。

